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国内の格差を糧に成長する中国

国内の格差を糧に成長する中国
              
東京大学社会科学研究所助教授 丸川 知雄



中国はすでに10年以上高度成長が続いているが、こうした成長が長期的に持続可能かどうか、この成長が始まった1990年代前半から常に疑問が投げかけられてきた。最初の頃は、食料供給能力を問題視する意見が多かったが、その後中国の食糧生産が予想外に伸びてむしろ過剰になったため、この意見は聞かれなくなった。また、エネルギー供給能力を問題視する意見もある。たしかに中国が石油の大輸入国になる可能性は高いとしても、それは内陸の石油資源を開発するよりも中東などから輸入した方が現時点では安いからであるし、輸出が年々成長しているため石油輸入代金に困ることも当面ないだろう。こうしてもろもろの悲観論は時の経過とともに風化してきたが、そのなかでなお根強いのが中国国内の所得格差の拡大がいずれ成長を阻害するのではないかという意見である。

 一口に所得格差といってもいろいろあるが、中国ではあらゆるレベルの所得格差が拡大基調にある。まず沿海部と内陸部の地域間所得格差がある。1人あたりGDPが最も多い上海市と最も少ない貴州省の差は12倍を超えている。都市と農村の所得格差も拡大中である。さらに、同じ都市のなかでも富裕化する階層(企業経営者、弁護士、進学校の教師)と貧困化する階層(国有企業の一般労働者、特に失業した者)への二極分化が進んでいるし、農村では村の幹部が農村企業のオーナーをも兼職し、農村社会の政治力と経済力を一手に握る例も増えている。

 ただ、所得格差が成長を阻害するのは、それが政治問題となり、国内が混乱するときであろう。では所得格差が政治問題化する可能性はあるのだろうか。沿海と内陸の格差に関しては、実際に地方政府間での綱引きがあるが、数年前から始まった「西部大開発」によって内陸部に財政資金が重点的に配分されるようになったので、いま以上に政治問題化することは当面考えにくい。階層間格差の拡大の方が潜在的にはより大きな影響を持つ可能性があるが、今のところ貧困化している階層の利益を代弁する政治勢力がない。

 地域間の所得格差や都市・農村間の所得格差が大きいのは労働市場の分断と関係ある。労働市場の分断の存在は例えば全国の各県の失業率を見てみるとよくわかる。「県」というのは平均で人口50万人ぐらいを擁する行政体であるが、県別の失業率をみると、全国の2870の県のうち72%では失業率が5%未満なのに対し、1.4%の県では失業率が20%以上、6つの県では失業率が30%を超えており、失業問題が地域的にきわめて偏っていることがわかる。なぜこのような偏りが生ずるのかといえば、例えば石炭産業の不況などで産炭地で大量の失業が生じたとき、そうした人々が職を求めて他の地域に移住することが難しいため、産炭地に失業者が滞留するからである。また、農村出身者が都市で就職することは不可能ではないにしてもいろいろな制約があるため、農村の余剰労働問題がなかなか解消しない。

 ただ、以上のような地域間、都市・農村間における労働市場の分断は、1980年代半ばまでは非常に強固な形で存在したが、それ以降は地域や都市・農村をまたいだ労働移動が次第に増えてきていることも事実である。例えば、外国資本の工場進出が非常に多い広東省農村部では、地元の人間はもっぱら外資への土地賃貸料で儲ける地主になってしまって、誰も企業で働く人間がいないから、労働市場は非常に開放的で、全国からいろいろな階層の人々が流入している。国有企業の経営悪化で失業者が多い東北地方でも、道路掃除人など3K職種は人手不足なのでそこだけ労働市場が開放されている。このように、各地方の労働市場は地方政府がコントロールできるので、どこでも地元本位に労働市場の開放度合を決めている。

 実は、こうした労働市場の分断と開放の組み合わせによって、企業の投資先としての中国の魅力が作り出されているのである。つまり、内陸部の農村は生産力が低くて多くの労働力を抱えられないにも関わらず、労働市場の分断があるためにそこに余剰労働力が滞留している。そうした人たちに沿海部の労働市場を開放すれば、彼らは低廉な賃金でも内陸農村よりはましだと考えて喜んで出稼ぎする。こうして香港から車でわずか30分ぐらいの距離にある、電力、通信、交通などの基盤施設も完備した地域で、内陸並みの月額60米ドルぐらいの賃金で労働者が雇えるという奇妙な現象が起きる。月60ドルで働く労働者というのは何も中国の専売特許ではないのだが、高度なインフラと月60ドルの労働者とが同居する地域となると中国以外にはないだろう。

 内陸部で生産性の低い農業に従事していた人が、生産性の高い広東省の外資系企業に移動すれば、それだけで両者の生産性の差が国全体の経済成長に加算される。過去20年の中国の経済成長に対する、こうした低生産性部門から高生産性部門への労働移動の貢献はかなり大きかったはずである。農村部にいまもなお滞留する余剰労働力の数は膨大で、筆者の推計によれば農林漁業に従事する3億7000万人の約半数が余剰である。この他に国有企業の経営悪化によって東北部や内陸部の都市に滞留する失業者もいる。これらはいわばダムに貯まった水のように、生産性の高い部門に移動することで中国に大きな経済成長をもたらしうる膨大なエネルギー源である。このように考えると、格差の問題は何も悲観的にばかり考える必要はなくて、経済的観点からすればむしろ成長の可能性がそこに秘められていると解釈できるのである。

http://www.rengo-soken.or.jp/dio/no178/kikou.htm
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